ビジネス・行政

姉妹都市・友好都市・親善友好都市との交流

 牛久市では、カナダ・ホワイトホース市、オーストラリア・オレンジ市、茨城県常陸太田市と姉妹都市を提携、さらに宮城県加美郡色麻町(しかまちょう)と親善友好都市を提携し、様々な交流事業を行っています。 また、平成25年12月には、新たにイタリア・グレーヴェインキアンティ市と友好都市を提携しました。
  
 姉妹都市・友好都市および親善友好都市をご紹介いたします。
 また、牛久市国際交流協会では、海外・国内の姉妹都市・親善友好都市との交流、市内在住外国人と市民との交流を推進しています。こちらをご覧ください。

カナダ ホワイトホース市

姉妹都市のきっかけ
進展する国際社会の中で、地域における都市間交流は市民に外国に 対する関心を深める身近な機会であり、自ら参加することによって自分自身が国際社会の一員であるという意識改革にもつながり、これらは地域の活性化へと結びつくものです。
  特に、次代を担う青少年に国際交流の機会を提供し、視野の広い国際感覚と郷土愛に満ちた人間性を養う事業を積極的に提供する必要性が高まっていました。
  このような中、昭和58年(1983年)、カナダ大使館より本市に13本のメイプルツリーが贈られ、これをきっかけとしてカナダの都市と姉妹都市を提携したいという気運が高まり、その旨を同大使館に伝えました。その結果、大使館より日本の都市と姉妹都市提携を希望しているホワイトホース市が紹介されました。
  その後、文書による意志確認や小中学校の絵画の交換などを行い、提携に向けての準備が始まり、ホワイトホース市ブラニガン市長(当時)が科学万博つくば'85に視察来日時に、同会場において姉妹都市提携調印式(1985年4月19日)を行い、現在に至っています。

オーストラリア オレンジ市

姉妹都市のきっかけ
1988年、全国市長会主催による「ニュージーランド・豪州都市行政視察」に市長が参加し、自らが感じた豪州の印象などを広報紙に掲載したところ、折からの豪州人気から姉妹都市を望む声が上がり、「豪日交流基金」に市の意向を伝えた結果、ニューサウスウェールズ州の中堅都市オレンジ市との交流を勧められました。(1989年2月)
  オレンジ市側では、牛久市が地理的にも規模的にもふさわしいということで、交流に対し積極的であり、一方、牛久市でもオレンジ市が大都市シドニーや日本人墓地があるカウラ市に隣接していることや、「オレンジ」という明るく輝かしい名前にも好感をもったことから、文書により相互理解を図りました。(1989年6月)
  その後、オレンジ市の3人の要人が相次いで牛久市を表敬訪問され(1989年1月オレンジ市議会議員ドン・フリン氏、1989年11月NSW州政府観光大臣ガリー・ウェスト氏、1989年12月オレンジ市民マーガレット嬢)、一方では、牛久市議会正副議長が1989年10月、茨城県市議会議長会主催により豪州を訪問した際、現地でサリバン市長(当時)に面会するなどお互いに交流を深め、1990年7月28日、オレンジ市民50人が来市し、姉妹都市調印式を行い、現在に至っています。

イタリア グレーヴェ・イン・キアンティ市

友好都市のきっかけ
 グレーヴェ・イン・キアンティ市では、以前から、スローシティのまちづくりについて、同じ考えを共有できる日本の市町村と交流したい意向を持っており、ある仲介者の方が、日本で初めてぶどうの生産からワイン醸造までを一貫して行ったシャトーカミヤがあり、里山的な景観が今も充分に残っている牛久市を推薦してくれました。 
 2010年2月に、グレーヴェ・イン・キアンティ市から、牛久市とスローシティ運動などを通じたまちづくりのあり方についての交流をしたい、とのお誘いがあり、牛久市としても、グレーヴェ・イン・キアンティ市が、スローシティ運動の発祥の地であること、かつての牛久市と同じくワイン作りが盛んであることなどから、まちづくりについて大いに学ぶべきところがあると感じ、2010年10月に、牛久市長が訪問し、本場のスローシティの理念を学んでいくことが、牛久市のまちづくりにとって大いに参考になることを確信して帰国しました。
 2013年8月には「スローシティまつり」を開催し、食の地産地消の推進を図るとともに、グレーヴェ・イン・キアンティの名産ワインであるキアンティクラシコを提供するなどの取り組みを続けて、友好都市提携について双方の合意が形成されたことに伴い、2013年12月16日に友好都市提携調印式を行いました。今後、牛久市は、バイオマスタウン構想などに基づく食とエネルギーの地産地消などスローシティのまちづくりを一層進め、また、キアンティ地方産のレンガを、牛久駅東口の改装に使用する計画を進めるなど、グレーヴェ・イン・キアンティ市との経済交流も開始する予定です。

常陸太田市

姉妹都市のきっかけ
1985年(昭和60年)、つくば科学博の茨城パビリオンで水府村竜神峡の映像が紹介され、 その雄大な自然の景観が話題になりました。これを機に、過疎化が進んでいた当時の水府村と、 かたや人口急増著しく都市化が急激に進んでいた牛久町という対照的な特性を持つ2町村の間に交流が生まれ、 1986年(昭和61年)5月24日、姉妹都市が提携されました。その後、水府村が合併して常陸太田市になったことに伴い、 2007年(平成19年)7月28日、牛久市のかっぱ祭りのオープニングセレモニーの席上、 両市長により姉妹都市の提携調印がなされました。

宮城県 色麻町

親善友好都市のきっかけ
1986年(昭和61年)、「河童」を町のシンボルマスコットとし、河童にあやかりユニークでロマンに満ちた町おこし作戦を展開してい宮城県色麻町から、同じく「河童」にゆかりがあり、首都圏で発展を続けている牛久市の状況を視察に訪れました。この際、今後「河童」を機縁にして、両市町の交流を深めたい旨の申し出がありました。
  その後、両市町の交流が行われ、特に1988年には、色麻町の依頼により、牛久市民で西川流若衛会師匠中島悦子氏が「カッパブギ・色麻」の振り付けを担当するなど、交流は益々盛んになり、同年7月、友好親善の絆を結び、各種交流の促進向上を図りそれぞれの地域振興に役立てようと、牛久市において親善友好都市の調印式を行い、現在に至っています。

問い合わせ先

このページに関するお問い合わせは市民活動課です。

本庁舎 2階 〒300-1292 茨城県牛久市中央3丁目15番地1

電話番号:029-873-2111(内線1631~1634) ファックス番号:029-873-2512

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